コラム

料理人・江舟航とめぐる台湾の南国ライフー1高雄左営と眷村文化

台湾・高雄にデザートスタジオ「日食生活」を構え活動する江舟航(ジェイミー・ジャン)。

台湾の食文化の発展にも力を入れ、台湾全土の学校での講演やワークショップを行う傍ら、料理講師等も務めています。

2017年の日本のフェスイベント『森.道.市場』に出店したことをきっかけに、日本との交流も開始。

スイーツや料理にとどまらず、南台湾を中心に台湾の文化や見どころなどを伝えています。

そんなジェイミー・ジャンの目を通して触れる台湾。第1回は高鉄の終点として日本人にもなじみ深い「左營」について。

ジェイミー自己紹介写真

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左営のなりたちと眷村

「左營」(ズォイン・以下左営と記す)は高雄で最も早くから繁栄し、歴史や文化的見どころも多い地区の一つだ。

その発展の歴史は明朝の鄭成功の時期までさかのぼる。山を背にし、海を臨む地形は守りに厚く攻撃を受けにくいという戦略的優位性があり、日本統治時代には軍事的に重視され、当時小さな漁村だった左営は海軍の軍港になった。

そして多くの軍人・軍関係者とその家族が移り住むことになり、大規模な兵舎が建設され、生活のニーズに伴う形で商店、市場、宿泊施設、レストランや娯楽施設などが続々とオープンし活気にあふれた。

左営旧城 城門

第2次世界大戦後、台湾に移った国民政府(国民党)も左営を軍港として使用し、中国各地から台湾に渡ってきた軍人とその家族が続々と移り住んだ。

兵舎も建設され続け(俗に眷村(ジュンツン)と呼ばれている)、もともと左営に住んでいた台湾の人々との共同生活の中でその文化が溶け合い、多元的で興味深い食文化が生まれていった。

 

果貿社區と台湾の伝統的な朝ごはん

数十年が過ぎ、眷村の人口はだんだん増加し、さらに古くからある眷村は老朽化し、徐々に住み続けることが難しくなっていった。

1980年代、政府は「国民住宅ビル」の建設をはじめ、軍人とその家族に眷村から移り住むように言い渡した。

「果貿社區」(果貿集合住宅)は南台湾でその代表的な一例といえるだろう。集合住宅の部屋数はあわせて2000戸を超え、建物の外観はさながら蜂の巣のようで、「ミニ香港」と呼ぶ者もいる。

そのうちの2棟は弧を描いたような特殊な外観で、その姿に引き付けられた多くの若者やカメラマンたちが撮影に訪れている。

果貿社区

集合住宅の1階は複合型の商業施設。雑貨店、レストラン、クリーニング店、薬局などの店舗が一通りそろっている。

そして人気の朝食屋「寬來順」(クァンライシュン)も。

メニューは数々の逸品が勢ぞろいで、どれを食べてもとてもおいしい。ぼくも友人と待ち合わせて朝食をとった。

特に「蘿蔔糕炒蛋」(大根餅の卵炒め)、「鮮肉包」(肉まん)、「甜燒餅」(層になったパイ状のお菓子、麦芽糖の餡入り)はぼくの好きな味だった。それに1杯の冷たい豆乳で、盛りだくさんな一日が幕を開けた。

寬來順-朝食屋

ぼくと友人は前回「寬來順」を訪れたときに「鹹豆漿」(シェントウジャン)に“挑戦”した。

というのも、実は結構な数の台湾人は「鹹豆漿」を食べたことがない。ぼくたちも三十余年の人生の中でこの時初めて口にしたのだった(笑)。

「鹹豆漿」のつくり方はそう難しくはない。砂糖の入っていない豆乳を加熱して、塩とお酢を少し加える。

すると豆乳の中のたんぱく質が凝固して茶碗蒸し、あるいはおぼろ豆腐のような食感になる。

そこに各自の好みで干しエビ、油條、小口切りしたネギ、ラー油などを加えればいい。

 

人情味のある哈囉市場

朝食を食べた後は、少し回り道をして「哈囉市場」(ハロー市場)で食材選びを。
果物、野菜、肉類、魚介類、お菓子や乾物など何でもそろっていて、スーパーマーケットに比べると価格もぐっと控えめだ。

そしてさらにラオバンが店じまいを始めているときなどは、ネギやバナナなんかをおまけしてくれることもある!「伝統市場」ならではの人情味を感じることができる。

ハロー市場

昔、左営にはたくさんのアメリカ軍が駐屯していた。でもお店を営む人たちは英語がわからなかった。

それで、簡単に「HELLO」と呼び掛けていた。市場の中はHELLOの声が飛び交っていて、それが市場の名前になった。

ぼくはこの市場の中の「泡菜屋」の屋台をひいきにしている。

子どものころよく食べた、おばあちゃんが漬けていた「泡菜」(パオツァイ)みたいな味のようだと思う。

泡菜

成長してからも「泡菜」を料理に使うのが好きだったりする。おかゆと合わせて食べたりもする。酒のつまみにも便利だ。

皆が知っている「台鐵便當」(台湾鉄道弁当)に入っている大根の「泡菜」も、ぼくはいつも最後まで取っておいて食べる。

 

休みの日や 夕暮れ時にはYouBikeに乗って市場の近くにある蓮池潭でのんびり過ごしたりする。

自転車をこいでいると、時おり甘い香りがふわりと香る「爆米香」(バオミーシャン/ポン菓子)の屋台に出会う。

お腹がすいていたり、友人を訪ねる予定があるのなら「爆米香」は選択肢として悪くない。「爆米香」はきっと多くの台湾人の共通した記憶の中にある。

爆米香

 

学校から帰ってくると、路地のところでオートバイに乗ったおじさんがポン菓子機で「爆米香」を作っている。米、砂糖、サラダ油。簡単な材料で大きくてサクサクした口当たりの良い「爆米香」が出来上がる、そんな光景。

こういった昔ながらの菓子はだんだん減りつつあるから、ほんのりと香る米の香りとあの頃の懐かしさを思いながら、大切に大切に一口ずつ口にほおばる。

 

神様と一緒に食事を

蓮池潭の周辺には何とも面白い形の「龍虎塔」以外にたくさんの廟がある。

龍虎塔

その密度はなんと全台湾一だという。きっと左営が海に面していて漁師たちが海に出ている間の無事を祈ったのと関係しているのだろう。

また、一説にはこの地が風水的に非常に良い土地のため、神々が信徒に廟を作るように命じたのだともいわれている。

廟 左営

古い廟にお参りするなら手を合わせて願い事をするほかに、お廟の前の軽食も外せない。炒米粉(ビーフン炒め)、肉羹(肉つみれのとろみスープ)、烤香腸(台湾式焼きソーセージ)。

神様と一緒に食事をすれば、心も体も満たされること間違いなし(笑)!

 

蓮池潭から車で10分ほどのところにある「豫湘美食」(ユーシャンメイシー)は、ぼくがよく通っている小さなレストランで、名物料理は「香椿料理」。

牛肉麺が特に人気で、そのほかに香椿ソースをかけたピータン豆腐と涼麺も評価が高い。

牛肉麺

「香椿」(シャンチュン)は眷村での料理によく用いられる食材だ。

1950年代以前、台湾人には香椿を食用とする習慣はなかった。国民政府(国民党)が台湾に移り、各地の眷村で香椿が植えられるようになり、この栄養が豊富で独特の風味を持ち「東洋のバジルソース」ともいわれる香椿ソースが、ようやく広く用いられることとなった。

香椿ピータン豆腐

香椿ソースは香椿の葉をミキサーでペースト状にした後、塩とごま油を少々加え攪拌したあと容器に移し替えればOK。

冷蔵保存もできる。混ぜ麺はもちろん炒め物などにもよく合う。

食事の後は修復が終わったばかりの城壁に沿って散歩してみる。よく見るとその壁に200年以上の歳月の間に刻まれた痕跡を見ることができる。

 

眷村の生活を体験してみる

近年、台湾では官民ともに文化創意産業を重視するようになった。

そうして台湾の古い工場や建築物、日本式の家屋たちは、あっという間に様変わりしてスタイリッシュなカルチャー&クリエイティブパークやカフェ、ギャラリーなどになった。

眷村という特別な意義を持つ場所も、その保存と活用の可能性が議論され始めた。

高雄の左営の「明徳新村」(ミンダーシンツン)と「建業新村」(ジェンイエシンツン)は、階級が上位の幹部や将官が多数居住していた背景があり、特に人々の注目を集めた。

「村」の家屋の規模も大きく、一棟一棟が広々とした別荘のようで、いきいきと賑やかな様子にあふれる街の中に今もひっそりとたたずんでいる。

高雄市文化局は、このふたつの眷村の管理計画に着手。眷村文化が保存されること、そして「村」に新しい活力が生まれることを期待して、状態の良い家屋を修復し居住希望者を募った。

ぼくのキッチンスタジオも「建業新村」の中にある。ご近所さんはクリエイター、芸術家、ウッドクラフト作家、フラワーデザイナー、そして民宿までさまざま。

みな自分の強みを活かして、その人らしいやり方で昔から住んでいる住民たちと共生し、眷村の過去の物語と向き合っている。

この「村」の中の「軍旅舎GOONNIGHT」はぼくが大好きな民宿の一つ。

軍旅舎

オーナーのジュエくん(許氏)はレトロな日本式の家屋に魅せられたひとり。

彼のチームは内装のデザイン設計の豊富な経験があり、家屋の構造と間取りを崩さないことを前提に、鐵窗花(飾り面格子)、タイル、土壁、木造家屋の工法などを活かしつつ、訪れた旅行客に眷村の魅力を体感してほしいと願いながら細やかな心配りで改装を行った。

軍旅舎2

 

建業新村の近くの明徳新村の「再見捌捌陸」(ザイチェンパーパーリィウ/さよなら886)は、眷村について様々なテーマで展示を行う記念館。

再見886

昔の眷村の生活の様子を知ることができたり、眷村の雰囲気を彷彿とさせるお土産などが売られていたりして、台湾の眷村のレトロな空気感を感じて、そして持ち帰ることもできる場所になっている。

文創商品 レトロ

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※1鄭氏政権時代 1661~1683年
※2日本統治時代 1895~1945年
※3泡菜 台湾人の指す「泡菜」は日本の浅漬けに近い。韓国式キムチも「泡菜」に含まれる。
※4You Bike 台湾の公共のレンタサイクルシステム。高雄MRTの「左營高鐵站」の2番出口に関連サービスあり。


店舗住所等

<果貿社區> 高雄市左營區翠峰路8號

<寬來順> 高雄市左營區中華一路5-14號
営業時間4:00~12:00 月曜定休
FBページhttps://www.facebook.com/KuanLaiShunZaoCanDian/

<哈囉市場>高雄市左營區明潭路與左營下路交接處
営業時間おおよそ4:00~12:00  定休日・正確な営業時間は各店舗による

<豫湘美食>高雄市左營區城峰路311號
FBページ https://www.facebook.com/YuXiangMeiShi
営業時間10:00~17:30 定休日月曜日・火曜日

<再見捌捌陸>高雄市左營區明德新村2號
http://mingdevillage.khm.org.tw/jp (日本語あり)
平日11:00~17:00 土日祝10:00~18:00
休館日月曜日(祝日の場合は営業)その他旧暦大晦日休館

<軍旅舍>高雄市左營區建業新村41號
FBページ https://www.facebook.com/goonnight/

訳者補足
社區-本来はコミュニティーの意。最近は集合住宅・団地の意味で用いられる。台湾では高級マンションにも「社區」の文字が使用することがある。

文創産業-文化創意産業Cultural and Creative Industry 創意もしくは文化の蓄積をもって人々の美的素養を磨き、生活環境をより良いものにする産業を指す。

香椿-日本語名チャンチン。センダン科の落葉広樹。椿の文字が入るが椿ではない。中華圏では主に若葉を食する。日本でも街路樹などに用いられることがあるとのこと。

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江舟航(ジェイミー・ジャン)

デザートスタジオ『日食生活』の代表兼パティシエ。著書に『土文青、洋菓子』などあり。高雄を拠点に、食文化の発展に力を入れ、台湾全土の学校における講演ツアーをはじめ、講師等も務める。2017年には、日本のフェスイベント『森.道.市場』に出店。菓子職人として、日台食文化の交流を深めていく。

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