2024年1月、高雄の料理人・パティシェである江舟航(ジェイミー・ジャン)氏が「日本料理人舊城飲食工作坊」というワークショップを開催しました。
ジェイミーが住む高雄の食文化を知り、日本の食文化と織り交ぜて台湾の人々に紹介するというテーマで実食をしながらの講座と料理を作るWSを行いました。
ジェイミーの住む高雄・左営に日本から料理人を招き左営を中心に高雄各地を巡りその食文化や食材の特徴を知る。
各地を巡りながら食材を集め、集めた食材と高雄でのインスピレーションを元に日本の料理人が高雄の人々に料理をふるまう。
さらに料理や⾷材の特⾊、左営との共通点や違いについてジェイミーと日本の料理人とでトークショーを行う。
上記3つの柱をテーマに開催されたイベントについて、ジェイミーから招へいを受けた穭(ヒツジ)さんに期間中の様子をまとめてもらうことにしました。
食や文化に真摯に向き合う穭さんの高雄旅・ワークショップ記録。
丁寧に丁寧に綴ってくださっています。いよいよイベント当日となりました。
最終回は前編と後編に分けてお届けします。
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改めまして、こんにちは。那覇市牧志でヒツジという豆花・旅食カフェを営んでおります山口と申します。
日台交流がテーマのこのイベント、その名にある舊城(舊は旧の旧漢字)とは昔の城という意味があります。
今回イベントを行った高雄市左営區には、かつて栄えた鳳山県城の形跡や、眷村の建物を保存するための取り組みが街のあちこちに見られ、独自の人文風情に触れることができます。
こちらのコラムでも4回に渡り、そんな左営を起点に高雄のあちこちに出向き、食材や食文化に触れてきた話を書きました。
いよいよ迎えた当日。時間割は二部制で、ジェイミーのアシスタントの皆さんも来てくださり総出で作り上げたイベントの様子をお伝え出来ればと思います。
第一部 日本・沖縄の食文化×高雄「講座餐會」
第一部の講座餐會(実食形式の講座)は、ジェイミーがスタジオを構える建業新村(こちらも眷村の一つ)と同地区にある『軍旅舎Goonnight Hostel - 眷村民宿』を会場に行われた。
廃屋化が進む眷村内の日式家屋の保存・再利用を目指す高雄市先導のプロジェクトにより生まれたこちらの民宿は、当初日本海軍の士官寮として建てられたもの。
後に所有者が変わるたびに増築が重ねられてきた築80年余の建物で、その歴史を出来る限り残してリノベされた空間が見事なとても人気のある民宿だ。
第一部に参加して下さったのは20名のお客様。
今回は「発酵」もサブテーマに掲げ、4品を作った。
ジェイミーが台湾のお客様向けに書いてくれた各料理の説明(中国語)を和訳して引用しながら進めていこう。
和訳中の固有名詞が台湾でわかりやすい呼び名であったり、沖縄での呼称のままだったりと混在しているが、台湾での表現が興味深かったりもするので、あえてジェイミーの原文ママの箇所もあることをご了承いただけると幸いである。なお、※印は筆者による追記。
一品目:沖縄猪肉味噌湯(イナムドゥチ)feat.果貿市場餃子
この沖縄猪肉湯(猪肉は豚肉、湯はスープを表す)は沖縄の代表的な料理のひとつです。
お正月や様々なお祝いの席に出される料理です。白味噌の味噌汁に豚肉のスライス、油豆腐(厚揚げ)、蒟蒻、魚板(かまぼこ※1)、香茹(干し椎茸)などの食材を入れて、柴魚片(鰹節)でさらに旨味を加えます。
様々な祝いの席で皆に喜ばれるごちそうです。使用する食材の種類が豊富なことから、子孫満堂を象徴する意味もあります。」
※1 沖縄ではカステラかまぼこを使う。卵をたっぷり使って淡い黄色に仕上がっており、柔らかな食感と弾力(QQ!)。ほんのりとした甘みが特徴で、慶事に欠かせない。
果貿市場の餃子とともに供されたイナムドゥチは、沖縄から持参のイナムドゥチ味噌と、三鳳中街で買った蒟蒻以外はほぼ全て左営の伝統市場で手に入れることが出来た。
特に、伊達巻ともふつうのかまぼことも違う、沖縄のカステラかまぼこにかなり近い物が哈囉市場にあったのには驚いた。
あと、干し椎茸の品数が腰を抜かすほど豊富。
二品目:黒芝麻蒸肉(ミヌダル)feat.自製饅頭刈包
ミヌダルとは琉球王国時代の定番の宮廷料理。冷やすとさらに美味しくなるので、おもてなし料理※2の前菜としてよく使われます。
豚ロース肉をみりんや醤油で漬けた後、黒すりごまをつけて蒸します。さらにイカ墨汁を加えて色を濃くする作り方もあります。
豚肉の油脂が高温の蒸気で放出され、黒ゴマの旨味や香りと溶け合い独特の味わいのある料理となっています。
玉ねぎ、レタスと一緒に食べるのにも適しています※3。
※2 歴史的には接待用おもてなし料理や行事食で食すことが多く、東道盆(とぅんだーぶん)という来賓用の特別な琉球漆器に盛り付けられていた。
※3 沖縄ではそのまま食べることも多い。
豚肉の生産が盛んな台湾、市場で買った大里肌(ダーリージー/豚ロース肉のこと)も新鮮上等で、果貿市場で買ったりお裾分けしていただいたりした黒すりごまを塗りたくる作業にも精が出た。
このミヌダルを、
①ジェイミー作の刈包にレタスやマヨネーズと共に挟んだオリジナルスタイル
②シンプルにそのまま
という二通りの出し方で味わっていただいた。
三品目:淺漬時蔬香冷汁澆飯(冷や汁)feat.147號米
冷や汁は宮崎県の郷土料理で、かなり健康的で爽やかです。
通常、熱い白飯にかけて食べます。冷たいスープと温かいご飯の温度差を利用してこそ、この料理の独特な食感と香りを作ることができるそうです。
焼いた秋刀魚※4と細かく擦った白胡麻を合わせ、昆布だしを入れ、最後に豆腐、ねぎ、キュウリなどを入れます。
※4今回はアジを使用。使われる魚はさまざま。
琉球料理が続いた後は、発酵食品の味噌を使ったもう一品として冷や汁を提案してみた。
アジは蚵仔寮漁港、白ごまは果貿市場、量り売り豆腐やきゅうりは哈囉市場で調達。
ただ、大事な脇役である大葉だけはどこの市場でも売っておらず、茗荷に至っては推して図るべし。
青ネギで代用を考えていたところアシスタントの方があちこち探して見つけてきて下さり、しかも業務用の大容量パックで一同ビックリしながらも、大急ぎで100枚の大葉を処理。
大葉を薬味として食べる習慣があまりないと聞いたが、どうか皆さんのお口に合いますように。
そして美濃産の米はここで登場。「冷えても美味しい」お米は冷や汁にピッタリだろうという期待が膨らむ。
こういった食べ方をご紹介出来て、ジェイミーの意訳の通り「蔬香冷醬」として受け入れられたことが私たちにとっても新たな発見だった。
四品目:發酵紅豆feat.自製古早味蛋糕(発酵あんこを使ったケーキ)
各種研究報告によると、豆類の中で抗酸化活性が最も高いのは小豆とされています。
本草綱目(明の時代から伝わる薬草の百科全書)には『小豆は小腸を通し、小便を良くし、熱を取り、解毒し、腫れを鎮め、膿を排出するなどの効果がある』と書かれています。
発酵した小豆は、長期間保存できるようになるほか、腸機能、高血圧、血流の調整にも役立ちます。
発酵した小豆の独特な香りが、デザートに更なる風味を添えてくれます。」
※小豆⇒中国語では紅豆
サブテーマである発酵の醍醐味を存分に味わえる締めのデザート。
発酵あんこの材料は米麹と紅豆の2つのみとシンプルだが、温度と時間配分を極めて慎重に管理する必要がある。紅豆を煮こぼしてから米麹と混ぜ合わせて、定温で10時間じっくりと発酵を進める。
美濃で買った紅豆はその名も高雄9號。
1973年に高雄1號が誕生して以来何度も改良を重ねられてきた紅豆で、粒が大きめで丸くふっくら、濃厚で香り高いと評判。
時間に翻弄されながらも無事に炊き上がった発酵あんこは、ジェイミーの手によりとても美味しい古早味蛋糕(昔ながらのケーキ)に仕上げられ、食事会の最高の締めくくりとなった。
以上が第一部の内容でした。
第一部 振り返り
お客様は、小さなお子さん連れのご家族からフードライター、ラジオパーソナリティといった専門の方まで幅広く、魅力的な会場の雰囲気も相まって、イベント開始前からとても楽しそうな賑わいを見せていました。
そして講座が始まると、皆さん真剣に話を聞いてくださり、ジェイミーや上野さんも各客席を回ったりとインタラクティブな雰囲気。
空っぽになったお皿を見て、感謝と安堵の気持ちで第一部を終えることが出来ました。
最後に、沖縄の伝統菓子クンペンを皆様に手土産としてお渡ししました。
この琉球王朝御用達の菓子、漢字では薫餅または光餅と書くなど、中国由来とされる食文化の一つが今でも沖縄で親しまれていることをお伝え出来ていたら嬉しく思います。
後編へつづく
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※イベント当日の写真はジェイミーの友人・林辰さんに撮影いただきました。画像データのご提供ありがとうございます。